無双直伝英信流
居合道とは

居合道とは、日本刀を用いて、古くからそれぞれの流派によって伝えられてきた型の稽古を通して精神修養や人間形成を目的とする武道です。
剣道や空手といった武道に比べると相手と組み合ったり、打ちあったりするということがないため、体力的な負担は比較的少なく、老若男女を問わず始めやすい武道と思います。実際、私たち八重垣会にも40歳や50歳を過ぎてから始められた方が多数います。また定年退職後に第2の人生を健康でメリハリのある生活をしようと思って始められた方もおられ、昇段や大会での入賞を目標に元気に稽古に励んでおられます。
一見簡単そうに見える型ですが、やればやるほど難しく奥の深さを感じると思います。八重垣会では初心者には分かりやすく丁寧に、段位が上がるに従って詳しく厳しい指導をモットーに無双直伝英信流と全日本剣道連盟居合を稽古しております。

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八重垣会の誕生と歩み
◇大正13(1924)年
この功績が顕彰され大日本武徳会から中山博道に次ぐ二人目の居合道範士の称号が贈られた。
◆昭和2(1927)年
大日本武徳会・大阪支部の主催する剣道大会が天王寺の武徳殿で開かれた。その試合の合間に大江範士直門の高知県の剣士が『無双直伝英信流』の居合を抜いて見せた。 抜刀から刀が鞘に収まるまでの生気漲る演武を目の当たりにした人々は息をのみ土佐英信流の居合術に圧倒された。 《あの土佐の居合を習う事は出来ないものだろうか》 大阪の剣士の間から湧きあがった声は・・・・・・
◆昭和6(1931)年
遂に大阪の地に高知で生まれた『無双直伝英信流』の技法を正しく受け止める【居合道八重垣会】の誕生へと結実した。
◆昭和16(1941)年
八重垣会創立10周年の趣意書には「会員数141名他に全国各地に同門その数・八会団、会員2300余名・・・・・とある」武道奨励の戦時下とはいえ、高知よりも大阪を発信基地として各地で英信流に親しむ人達が多くなったのであった。
◆昭和20(1945)年
空襲により天王寺の武徳殿は消失、・・・・・敗戦・・・。
◆昭和27(1952)年
独立を回復した我が国は敗戦後禁止されていた剣道(居合道)も復活、新たに全日本剣道連盟が発足し【居合道八重垣会】も再結成された。
◆昭和28(1953)年
春には、八重垣会主催の戦後・第一回居合道大会を大阪で開催した。 五月には、戦後初の京都大会が開かれる動きのなかで、戦前の八重垣会の呼び掛けに応えた主だった流派の人たちも加わり全国規模の第一回居合道大会が開かれた。全て戦前の【居合道八重垣会】の活動が下敷きにあったからこそ、の居合道人の結集であり、これが現代の居合道界の出発点となったのである。

・平成22年:創立80周年記念事業・記念品贈呈
・平成27年:創立85周年記念事業・記念品贈呈